我第一次與Rti相遇是在將近50年前的中學時期。當時,日本正處於前所未有的BCL(業餘短波無線電)熱潮中,收聽短波廣播並向廣播電台報告以獲得QSL卡片,成為了一種社會現象。班級中幾乎一半的男生都有BCL接收機,大家聚在一起討論前一天的廣播,這是一個令人懷念的時代。在那個時候,我開始聆聽中央廣播電臺(自由中國的聲音)。
當時,中國大陸和中華民國都在進行短波廣播。中學時,我對大陸的廣播印象深刻,聽到的多是反美主義的社論和軍歌,內容相當激進,讓我覺得共產黨的形象是偏向極端和一元化的。而中華民國的廣播則截然不同,讓我這樣的中學生都能感受到開放的民主氛圍,內容也不讓人感到厭煩。報告後收到的QSL卡片有各種設計,對於我來說,這也是一種收集的樂趣。
我聆聽中央廣播電臺的歷史已接近50年,期間日本語課的成員有過多次變動,但最令我印象深刻的還是1990年代活躍的蘇定東課長。他在廣播的漫長歷史中,自己設立月度的受信報告目標,並進行節目製作,這讓我感到非常有成就感,一度每天都在報告。蘇課長是首次將所謂的商業模式引入節目製作的先驅,當他勇退時,我感受到他的豪氣。至今我仍然長期收聽Rti,這是為了報答蘇定東先生的努力。
中央廣播電臺現在提供各種需求的節目,展現中華民國現今的開放民主形象,成為我們聽眾不可或缺的信息來源。我衷心希望短波日語廣播能夠持續下去。
Rtiとの出会い
私がRtiと初めて出会ったのは、今から50年近く前の中学生の時でした、当時、日本では空前のBCLブームという短波放送を受信し放送局へ報告してQSLカードをいただくということが社会現象になっていました。中学の学級のクラスで男子の半数近くがBCL受信機を所有し海外からの放送を耳に傾け、昨日の放送のことが仲間で話題になるような時代だったのです。その時に台湾国際放送(自由中国の声)を聴き始めました。
中国からは中華民国と中国大陸から短波放送がされていますが、中学生の時は大陸からの放送は反米主義で「米国覇権主義を打倒せよ」などの社説や軍歌のような歌がかけられていました。今でこそソフトな放送内容になりましたが当時の共産党は過激で共産主義に一辺倒だったイメージがあります。一方、中華民国からの放送はまったくその逆で中学生の自分でも開かれた民主主義を感じさせる内容で聞き苦しくないものでした。報告していただくQSLカードもいろいろなデザインがありカード収集という点でも魅力を感じさせてくれるものだったのです。私の台湾国際放送を聞いている歴史は50年近くに渡るのですが、その間、日本語課のメンバーがいろいろと変わってきたのですが一番印象に残っているのが1990年代に活躍した蘇定東課長でした放送の長い歴史の中で課長自らが月間の受信報告書の目標獲得数を掲げて番組作りをしていくというスタイルは私に取ってやりがいのあるものになり一時は毎日報告していた記憶があります。
蘇定東課長は放送の番組作りにいわゆるビジネスモデルを導入した初めての担い手でパイオニアだったと思います。蘇さんが日本語課を勇退する時はとても男気を感じました。今でも長くRtiを聞き続けているのは蘇定東さんのがんばりに報いるという意味あいがあります。台湾国際放送は現在の開かれた民主主義を掲げる中華民国の姿を様々なニーズに合わせた番組作りで我々リスナーに提供してくれる情報入手手段としてなくてはならないものであるのです。今後も日本語の短波放送を続けていかれることを願ってやみません。